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静岡地方裁判所 平成9年(行ウ)9号 判決

原告

原告

右両名訴訟代理人弁護士

小川秀世

被告

清水税務署長 内田晴己

右指定代理人

野下えみ

小山博実

岩井明広

磯部昭次

井上陽

吉野修進

山口薫

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が原告甲に対して平成六年一一月八日付で同原告の平成四年分の所得税についてした納付すべき税額を四九六万六八〇〇円とする更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。

二  被告が原告乙に対して平成六年一一月八日付で同原告の平成四年分の所得税についてした納付すべき税額を五〇二万八三〇〇円とする更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。

第二事案の概要

租税特別措置法(平成七年法律第五五号による改正前のもの。以下「措置法」という)三三条の四第一項は、土地収用法等の規定に基づく収用ないし収用によるとみなされる場合の個人の有する資産の譲渡等につき、その譲渡所得に課せられる所得税の算定について特別控除(以下「本件特例」という)を認めており、また、同条の四第三項一号は、右の資産の譲渡につき、公共事業施行者から最初に買取り等の申出のあった日から六ヶ月を経過した日までになされなかった場合には、本件特例を適用しないことを定めているところ、原告らにおいて、通称「静清バイパス」の事業用地として収用裁決に基づいて収用された土地の譲渡所得(長期譲渡所得)につき、本件特例の適用により所得税の申告をしたところ、被告において、同条の四第三項一号該当を理由に本件特例の適用を否定され、更正処分と過少申告加算税賦課決定処分を受けた。

そこで、原告らは、措置法三三条の四第三項一号は、憲法一四条一項、二九条一、三項、三〇条、八四条に違反するから無効である、仮にしからずとも、原告らが受けた静岡市土地開発公社の買取り等の申出の内容については、買取り等の申出を受けた日から六ヶ月を経過する日までに本件土地を譲渡することを強いることが、本件特例の立法趣旨に照らし明らかに不当と認められる特段の事情があるなどと主張して、被告に対し、右処分の取消しを求めた。

一  争いのない事実等

1  原告らは親子関係にあるが、別紙物件目録記載の土地(本件土地)を共有していた(持分各二分の一)。

2  建設省中部地方建設局静岡国道工事事務所は、一般国道一号(静清バイパス)改築工事及び二級河川、準用河川及び市道付替工事事業(本件事業)を施行することとした。

そのための用地買収は、本件土地を含む静岡市千代田地区等の買収に先立ち、静岡市川合地区の買収が昭和五三年から五七年にかけて実施されたが、市街化区域と市街化調整区域に分離して買収交渉が行われ、建設省が提示した評価は、市街化調整区域は市街化区域一〇〇の指数評価に対して約五〇くらいであった。

また、千代田地区の用地買収手続は昭和五八年から始まり、静岡市開発公社の先行取得の手続によることとなり、千代田地区を含む大岩から上土の東西二・五キロメートルの地域全体について同時に手続が進められ、まず、測量が開始されたが、右測量は円滑に実施された。

静岡市長は納本泰助を千代田地区の国道一号バイパス静岡地区建設対策委員会地区対策委員長に任命し、静岡市は千代田地区を含めた全体の指数及び価格について協議を行って決定し、用地買収手続を進めていった。

ところで、原告ら千代田地区の土地所有者が昭和六〇年一月ころ入手した土地価格の指数表によれば、同じ静清バイパスの清水市能島の建設省の直轄買収においては、市街化区域の農地の指数が一〇〇であるのに対して、市街化調整区域の農地の指数は九〇という評価がなされていることが判明した。

3  静岡国道工事事務所及び静岡市建設部バイパス建設室は、静岡市加藤島地内から同市大岩地内までの二・五キロメートル区間について一括して損失補償協議を行うこととし、昭和五九年一二月五日から昭和六〇年九月一〇日までの間に一〇数回にわたり、千代田地区の原告ら地権者に対し、役員を選出して右協議に参加するように申し入れた(甲一、乙一、二)。

これに対し、原告らを含む右地権者らは千代田地区のみを別にした単独交渉を望み、右一括協議には応じられないとして、昭和六〇年三月二五日、静清バイパス第二工区地権者会(原告甲は代表役員四名のうちの一名)を結成し、同年五月三一日、市街化区域、市街化調整区域、農業振興地域間で同等の補償をすることが認められない限り一切の交渉を中止する旨の意見書等を静岡市長宛に提出するなどして、単独交渉と土地価格評価において行政的規制を考慮しないことを求めた。

建設省及び静岡市側は、これに対し、昭和六〇年六月二四日、第二工区地権者会との単独交渉はできない、あくまで地権者会が単独の交渉を求めるのであれば、地権者会ではなく、地権者個人と交渉を進めていくと主張し、また、行政的規制を考慮しないで評価することは、土地評価の基準を崩すものであるからできないと主張して、譲らなかった。

4  第二地区地権者会は静岡市に対し、昭和六〇年九月七日ころ、地権者個人との交渉を阻止するために、各地権者が右地権者会の役員に対して用地買収交渉の一切の権限を委任する旨の委任状を提出し、また、前記意見書の主張が受け入れられない限り指数協議には参加しない旨通知した。

静岡国道工事事務所及び静岡市は昭和六〇年九月一四日、右二・五キロメートル区間一括の損失補償協議を開始するとともに、第二工区地権者会の役員に対し、協議開催の通知を行うとともに、個別に訪問するなどして協議の進行状況を説明し、損失補償協議へ参加して意見を述べるように説得したが、同会の役員は言いたいことは意見書で既に述べた、千代田地区の指数は低すぎる、他の地区は千代田地区を低く見過ぎているので一緒の席につけば喧嘩になるなどしてこれに応じなかった。

5  ところで、静岡国道工事事務所は昭和六一年四月一日、右二・五キロメートル区間について、用地の先行取得を静岡市土地開発公社に委ねた。

6  静岡国道工事事務所及び静岡市は昭和六一年六月三〇日、二・五キロメートル区間の指数及び標準地価格を決定したが、右第二工区において任意に選定した市街化区域に存する宅地(標準画地)の価格を一〇〇として指数化した場合、原告ら所有の本件土地の価格の指数は三四とされた。

静岡市土地開発公社は同年七月一日から全地権者に対し、用地買取りのための個別交渉に入り、原告らに対しても、同月二四日丙において、本件土地の買取価格を提示し、買取りの申出から六ヶ月以内に譲渡しなければ本件特例の適用を受けることができなくなるから、協力して欲しいと説得したが、原告らは「価格が安い。」「一坪あたり五五万円だ。」「収用法で事業認定されてから建設省と裁判をしても争う。」「買取りの申出の時期はいつなのか。書類は本人あてにどのように届けるのか。また、この書類の受取を拒否したらどうなるのか。」などと述べて右説得に応じなかった。

また、同公社の職員は原告ら方の訪問を申し入れたが、原告甲はこれを拒否した。

7  そのため、静岡市土地開発公社は原告らを含む千代田地区土地所有者全員に対し、内容証明郵便をもって、昭和六一年八月一三日付けの「一般国道一号(静清バイパス)改築工事公共事業用資産の買取り等の申出証明書及び損失補償協議書の交付について(通知)」(証明書等交付通知書)、同公社が原告らに対して昭和六一年八月一三日本件事業のために本件土地の買取りの申出をした旨が記載された「公共事業用資産の買取り等の申出証明書」(買取り等申出証明書)及び「損失補償協議書」を送付し、原告らは同月一四日これらを受領した(乙一、二、六、九、一〇)。

原告らが受領した証明書等交付通知書には、「本年六月三〇日の地権者説明会において単価等用地買収についての説明をし、用地の売買契約についてお願いしてまいりました。」と記載されており、また、買取り等申出証明書は買取り等の申出をした都度作成し相手側に交付するものであり、開発公社は原告らに対し、買取り等申出証明書に記載された年月日に買取りの申出をし、その損失補償金額は、損失補償協議書に記載されているとおりである旨が記載されており、さらに、右申出証明書の「買取り等の申出年月日」欄には昭和六一年八月一三日と記載されたいた。しかるに、静岡市土地開発公社職員は同月一三日ころ、原告らと面談したことも、電話で話したこともない。

そして、原告らが受領した右損失補償協議書には、買取物件を本件土地と特定し、買取価格を四三九六万一九一八円(原告らの持分各二分の一)と明示されていたが、右価額は、「建設省の直轄の公共事業の施行に伴う損失補償基準(昭和三八年三月二〇日建設省訓令第五号)及び「土地評価事務要領(昭和四一年一〇月二〇日建設省厚発五九号建設事務次官から各地方建設局長、北海道開発局長あて)」等(公共事業損失補償基準等)によって評価されたものである。

また、原告らが受領した右買取り等申出証明書には、買取物件を本件土地と特定した上で、静岡市土地開発公社が原告らに対し、昭和六一年八月一三日本件事業のために本件土地の買取りの申出をした旨が記載されていた。

8  静岡市土地開発公社は原告ら宅を訪問し、応対に出た原告甲に対し、昭和六一年八月二二日ころ、右買取り等の申出に応じるよう説得したが、同原告は「買取りの申出は脅かしの一つだ。」「土地収用法では代替地のあっせんまであり、残地補償まである。残地補償をどうするのか。建設省の計算では雀の涙だ。土地収用法なら多額の補償が出る。」などと述べて、右説得には応じなかった。

第二工区地権者会の役員は静岡市長に対し、昭和六一年八月二七日、静岡市が同地権者会との単独協議に応じなかったこと、役員に交渉を委任してあることを知りながら、一方的に価格を提示して個別交渉に入り、すぐに買取り等申出証明書を送付して契約の締結を強要したことは、不法行為にあたる旨の意見書を送付するとともに、静岡国道工事事務所、静岡市及び静岡市土地開発公社に対し、昭和六二年一月一二日、同地権者会との単独協議に応じなかったこと、千代田地区の指数が清水市の例や他地区の例と比べて低いこと、話合いがつかない前に買取り等申出証明書を送付したことを抗議した。

9  静岡市土地開発公社は昭和六二年一月一四日、二〇日、二六日、二月一〇日、一二日、A農業協同組合本所において、千代田地区の用地買収の契約受付を行うとともに、各地権者との個別交渉を引き続き行ったが、第二工区地権者会役員らは、右本所に待機し、契約に応じようとした地権者につき、契約に応じないように説得するなどした(甲一、乙一、二、弁論の全趣旨)。

10  静岡市土地開発公社は原告ら宅を訪問し、原告甲に対し、昭和六二年一月二七日ころ、買取りの申出に応じるよう申し入れるとともに、第二工区地権者会で総会を開き、本件特例の適用を受けることを選択するものと区分けして欲しい旨要請したが、原告らは買取価格につき納得しないからではなく、一方的に買取価格を提示した国家権力に対抗するため訴訟を行うつもりであり、各地権者から委任を受けた役員と話し合う気がなければ訴訟をせざるをえない、税金の負担分は役員が応分負担すればよい、総会を開くつもりはないなどとして、これに応じなかった(乙一、二、弁論の全趣旨)。

11  原告甲と丁は昭和六二年二月一二日、A農業協同組合本所に契約の様子を見に行き、丁がバイパス室職員らに対し、「今日なら坪三五万円で売ってやる。話がつけば皆に責任をもって話をつける。明日から五五万円だ。五五万円でなければ売らない。」と申し向けた(乙一、二、弁論の全趣旨)。なお、千代田地区の右同日時点での契約件数は六九件(四万二三〇〇平方メートル)のうち二一件(一万一〇五〇平方メートル)であった。

12  静岡国道工事事務所は平成三年二月一九日付けの「損失補償協議書」により、原告らに対し、土地収用法による収用等以外の方法による土地等取得等のための最終補償額は七〇三九万四二八〇円であると提示して、任意に売渡しに応じるよう要請したが、原告らの同意を得ることができなかったため、同年三月一一日、静岡県収用委員会に対し、収用裁決を申請した。

13  そこで、静岡県収用委員会は平成三年一二月二一日付収用裁決により、本件土地に対する損失補償金額は加算額を含め七二七九万三七五九円が相当であると判断し、本件土地については平成四年二月二九日静岡国道工事事務所に収用されている。

14  原告らは平成五年三月一五日、平成四年分の所得税について、確定申告書(分離課税用)に総所得金額、分離課税の長期譲渡所得の金額及び納付すべき税額をいずれも零円と記載して、法定申告期限までに確定申告をした。なお、右申告書の「特例適用条文」欄にはその特例適用条文を記載しなかった。

15  原告らは平成六年六月二七日、総所得金額、分離課税の長期譲渡所得の金額及び納付すべき税額をいずれも零円とする修正申告書を提出した。なお、右申告書の「異動の理由」欄には「代替の精算及び租税特別措置法第三三条の四適用」と表示されている。

16  被告清水税務署長は本件土地の譲渡につき措置法三三条の四第三項一号に規定する公共事業施行者からの最初の買取りの申出の日から六か月を経過するまでの日までに譲渡されなかったので、本件譲渡所得に係る長期譲渡所得の金額の計算上本件特例の適用は認められないとして、平成六年一一月八日付けで、原告甲につき、総所得金額を零円、分離課税の長期譲渡所得の金額を三三五八万〇八五〇円、納付すべき税額を四九六万六八〇〇円とする更正処分及び過少申告加算税の額を七一万九〇〇〇円とする賦課決定処分を、原告乙につき、総所得金額を三六三万一三八五円、分離課税の長期譲渡所得の金額を三三五八万〇八五〇円、納付すべき税額を五〇二万八三〇〇円とする更正処分及び過少申告加算税の額を七二万九五〇〇円とする賦課決定処分を、それぞれした。

17  原告らは右各処分を不服として、平成六年一二月二六日異議申立てをしたところ、被告清水税務署長は平成七年三月三日付けで棄却の決定をした。

18  原告らは右決定を経た後の原処分に不服があるとして、平成七年三月二〇日及び同年四月三日にそれぞれ審査請求をしたところ、国税不服審判所長は平成九年三月一〇日付けで審査請求を棄却する旨の裁決をした。

二  争点

1  資産の譲渡についての本件特例を買取り等の申出の日から六か月と期間制限している措置法三三条の四第三項一号は、憲法一四条一項、二九条一、三項、三〇条、八四条に違反するか。

(一) 原告らの主張

(1) 措置法三三条の四第三項一号は、資産の早期譲渡に協力させて公共事業の施行の円滑を図ることを目的としているものと解されるところ、公共事業施行者から当該資産につき最初に買取り等の申出のあった日から六か月を経過した日までに当該資産が譲渡されない場合には本件特例は適用されないものと規定して、単に期間経過の有無のみを理由として本件特例の適否について差別しているものであるが、右差別については、仮に、資産の早期譲渡には協力的であったとしても、買収交渉の際に公共事業施行者が提示した代金額が低額である者においては、増額の交渉を続けることを余儀なくされ、自ら責められる理由がないにもかかわらず、期間経過により本件特例の適用を受けることができない一方で、資産の早期譲渡には協力的でなかったとしても、買収交渉の際に公共事業施行者が提示した代金額が高額である者においては、早期譲渡に応じることによって本件特例の適用を受けうることとなる。

また、実際にも、公共事業施行者は地権者に対し、真に買取り等の申出をした日に、買取り等申出証明書を交付するものではなく、地権者と売買契約が締結された後に、右地権者に対し、その時点から遡って六か月以内の適当な日を買取り等の申出の日として記入した買取り等申出証明書を交付しているものである。

そうであれば、単に期間経過の有無のみを理由とする右差別の手段は、資産の早期譲渡に協力的か否かをふるい分けるものではなく、買収交渉の際に公共事業施行者が提示した代金額が高額か否かでふるい分ける機能を有するに過ぎず、また、実際にも、措置法三三条の四第三項一号の規定通りには運用されていないものであるから、右目的を達成する手段としては合理性を欠くものである。

したがって、措置法三三条の四第三項一号は、憲法一四条一項に違反し、無効である。

(2) 次に、公共用地の売買において憲法二九条三項の「正当な補償」に相当する価額を引き出すために価額交渉を継続することは、憲法二九条三項に規定する「正当な補償を求める権利」の行使そのものであるところ、買取り等の申出の日から六か月と期間制限をしている措置法三三条の四第三項一号は、買取価格が正当な補償を下回るものであったとしても、土地所有者に対し、六か月以内に売買に応じなければ売主に特別控除という経済的に重大な利益を得られないとの恐怖心を与えることにより、土地所有者に対して、価額交渉の継続を制約し、正当な補償を求める権利を放棄させ、低い価額での売買を余儀なくさせることから、措置法三三条の四第三項一号は、買取等の申出の日から六か月を経過した日までに右特別控除を限定している点、また、正当な補償に満たない場合に事後的に是正する手続が定められていない点において、合理性を欠き、個人の財産権を保障し、それを公共のために用いるには正当な補償が必要であるとした憲法二九条一、三項に違反し、無効である。

(3) また、このような手法が売主の不信感を強め、円滑な公共用地の買収という立法目的をかえって損なうことから、現実にも、形式的な運用はなされておらず、売買契約締結後に買取り等申出証明書が交付されているものである。このように本件特例を受けさせるか否かは公共事業施行者の意思にかかっているところ、特に課税する主体と公共事業施行者が同一の場合には、本件特例の適用につき、買取り等の申出の時期を恣意的に行うことによって、課税する主体による恣意的な扱いを許すことになるから、実質的に、租税法律主義を定めた憲法三〇条、八四条に違反し、無効である。

(4) さらに、前記のとおり、買取り等申出証明書は、最初の買取り等の申出の日ではなく、売買契約締結後に交付されているのが運用の実態であるにもかかわらず、建設省は原告らを含む千代田区の地権者についてのみ不当に差別的な扱いをし、買取り等申出証明書を買取り等の申出すらないまま郵送してきたものであるから、右買取り等申出証明書交付の運用においても、原告らは不当に差別されているものというべきであり、措置法三三条の四第三項一号の適用についても憲法一四条一項、二九条三項に違反する。

(二) 被告の主張

措置法三三条の四第三項一号については、公共事業施行者の申出に応じて資産の早期譲渡に協力した者に対してのみ、その補償金に対する所得税について特別の優遇措置を講じることとして、公共事業の円滑な施行を図ることを目的とするものであり、その目的はもとより、手段においても合理性を有し、何ら憲法に違反するものではない。

2  静岡市土地開発公社の買取り等の申出の内容が、買収交渉にあたって考慮すべき一般的基準を甚だしく逸脱し、他の買収予定地の所有者に対する提示額に照らして極めて均衡を欠くなど著しく不当であることが客観的に明白であり、また、その後の買収交渉においても恣意に基づいた不誠実な態度に終始するなどしたため、本件土地の所有者である原告らに対し、買取り等の申出を受けた日から六か月を経過する日までに本件土地を譲渡することを強いることが、本件特例の立法趣旨に照らし明らかに不当と認められる特段の事情があるか。

(一) 原告らの主張

土地収用法による収用又は同法の適用がある用地買収については、公権力による財産権の強制的剥奪であり、売主には「売らない自由」がないために、土地収用法による損失補償金又は用地買収における売買代金については税法上非課税とされている損害賠償金に他ならないから、そもそも措置法三三条の四第三項一号の解釈にあたっては、非課税措置を緩やかに認める方向に広く解釈することが相当である。

この点、次のとおり、原告らにおいては、買取り等の申出を受けた日から六か月を経過する日までに本件土地を譲渡することを強いることが本件特例の立法趣旨に照らし明らかに不当と認められる特段の事情があることから、原告らに対する買取りの申出については措置法三三条の四第三項一号の買取り等の申出には該当せず、したがって、原告らは本件特例の適用を受けることができる。

(1) 建設省ないし同省が所管する日本道路公団が、隣接する市街化区域と市街化調整区域における同種の土地を同一事業のために買収する場合には、市街化調整区域の土地は、公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱(昭和三七年六月二九日閣議決定。以下「補償要綱」という)に定められた「正常な取引価格」によるのではなく、それよりもはるかに高額である市街化区域の標準値の価額の八〇パーセント以上の価格により買収するという特別な取扱いをしている。

この点、静清バイパス建設用地取得においても、建設省は、清水市では、右のような特別の基準を用いて、ほとんど行政的規制を考慮せず、市街化調整区域内の農地を市街化区域内の農地の指数一〇〇に対して九〇の価格評価という正常な取引価格の五倍以上に及ぶ価格で買収していたにもかかわらず、静岡市土地開発公社は、本件土地が所在する静岡市内では、何ら合理的な理由なく、補償要綱を用いて、市街化調整区域内の農地を市街化区域内の農地の指数一〇〇に対して僅か三四と極めて低い評価で買取りを申し出たものである。

したがって、右買取りの申出は、他の買収予定地の所有者に対する提示額に照らして極めて均衡を欠くことから、憲法一四条一項に違反するものというべきであり、また、正当な補償をするものでないことから、憲法二九条三項に違反するものというべきであり、しかも、右公社は原告らに対し、その評価の理由について一切明らかにしなかったものである。

(2) 静岡市土地開発公社が原告らに対して送付した証明書等交付通知書には「本年六月三〇日の地権者説明会において単価等用地買収についての説明をし、用地の売買契約についてお願いしてまいりました。」と記載されていたが、原告らは右説明会には参加しておらず、また、買取り等申出証明書には本件土地の買取り等の申出年月日として昭和六一年八月一三日と記載されていたが、原告らは右同日に静岡市土地開発公社職員と面談したことも、電話で話したこともないのであるから、右通知書及び買取り等申出証明書には虚偽の事実が記載されていた。

(3) 静岡市土地開発公社は千代田地区以外では契約締結時以降に初めて、その時点から溯って六か月以内の適当な日を買取りの申出の日として、買取り等申出証明書が作成されていたにもかかわらず、原告らに対しては、昭和六一年八月一四日ころ、買取り等申出証明書や損失補償協議書等を一方的に送付したものであるが、右書類の一方的な送付は、通常の取引社会ではありえない、売主の気持ちを逆撫でするものであり、一般的な取引方法から著しく逸脱しており、売主に対して右申出後六か月以内の売買を強要するものであり、また、原告らにおいてのみ本件特例を受けることをできなくするものである。

(4) 静岡市土地開発公社は原告甲に対し、右買取り等申出証明書等の送付の後、昭和六一年八月二二日ころ、昭和六二年一月二七日ころの二回しか交渉に訪れておらず、その際にも、単に「特別控除が切れてしまうから、あきらめて契約しなさい」という趣旨を述べて強要を念押ししたに留まり、本件土地の買取りに関し、何ら実質的な交渉を行わなかった。

また、同公社は原告甲に対しては、形式的な交渉すら行わなかった。

(二) 被告の主張

譲渡所得とは、資産の譲渡による所得をいい(所得税法三三条一項)、その本質は、キャピタル・ゲイン、すなわち所有資産の価値の増加益であって、損害の回復である損害賠償金とは本質を異にし、譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税しようとするものであるから、譲渡所得課税の基因となる資産の譲渡は、売買に限らず相続、贈与、交換、代物弁済、現物出資、収用、換地等およそ資産が所有者の手許を離れて他の者に移転する全ての場合を含むと解されており、ただ、相続や個人の個人に対する贈与については、相続人又は受贈者がその資産を引き続き所有しているものとして、相続人又は受贈者が将来、その資産を譲渡したときに譲渡所得課税を行うこととして、相続又は贈与の際には譲渡所得課税を行わないこととしているのである。

したがって、土地収用法等に基づいて土地等が収用された場合にも、譲渡所得が実現したものとして譲渡所得課税が行われることになる。

なお、所得税法九条一項は、その一号ないし一七号において非課税所得を限定列挙しているところ、収用に起因する土地等の対価補償金を非課税とする規定は存在しない。

そうであれば、土地収用法による損失補償金又は用地買収における売買代金については税法上非課税とされている損害賠償金に他ならないとする原告らの主張は失当である。

そして、次のとおり、原告らにおいて、買取り等の申出を受けた日から六か月を経過する日までに本件土地を譲渡することを強いることが本件特例の趣旨に照らし明らかに不当と認められる特段の事情があるということはできない。

(1) 原告らの主張するような特別の取扱いは存在しない。

本件土地の買取り等の申出の価額は、公平な損失補償額算定のための統一的基準である補償要綱に基づき算定された適正な価額であることころ、右価額は土地収用法七一条にいう「相当な価格」すなわち客観的かつ正常な市場価格であり、かつ、憲法二九条三項にいう「正当な補償」と認められるものであることから、買収交渉に当たって考慮すべき一般的基準を甚だしく逸脱していたり、他の買収予定地の所有者に対する提示額に照らして極めて均衡を欠くなど著しく不当であったとは到底認められない。

なお、公共事業用地取得に際しては、補償要綱等に基づき適正に評価することが起業者の責務として義務づけられていることから、土地評価上、極めて重要な評価要因である行政的規制を考慮しないということはありえない。

また、原告らは、本件土地の買取り等の申出の価額が著しく低額であった旨を主張するが、買収交渉にあたって考慮すべき一般的基準を甚だしく逸脱しているか否かは、第一に当該土地の時価を基準として判断されるべきであり、本件土地を含む千代田地区とは、同一状況地域になく、価格形成要因を別異にする清水市大内地区の例を論ずることは失当である。

そもそも、指数とは、一定の取得予定区間において多数の土地所有者等関係人が存する場合に、土地価格協議を公正に行うため用いる指標数値のことであり、指数協議においては、各土地の格差を地元の事情に精通した土地所有者等の代表者に客観的かつ公正な視点で比較・判断してもらうため、便宜的に協議区画内に代表的な画地を選定し、その上で算定された各土地の評価格が代表画地の評価格を一〇〇点とした場合に何点になるかを示し、協議するものであるところ、協議区間が異なる以上、それぞれの代表画地の評価格がそもそも異なるのであるから、各土地の指数も当然それに対応した数値を示すだけのことであって、それは協議区間内に限り有効な対応関係を有するものである。したがって、協議区間を別異にする千代田地区と清水市大内地区を比較することは、およそ無意味というほかはない。

さらに、原告らは、静岡市側が「行政的規制を考慮しないで評価することはできない。理由は土地評価の基準をくずすものであるからである」と回答したと自認しているものであり、静岡市側が評価の理由について一切明らかにしなかったということは到底できない。

(2) 静岡市土地開発公社が原告らに対して送付した証明書等交付通知書には「本年六月三〇日の地権者説明会において単価等用地買収についての説明をし、用地の売買契約についてお願いしてまいりました。」と記載されていたが、原告らは右説明会には参加しておらず、また、買取り等申出証明書には本件土地の買取り等の申出年月日として昭和六一年八月一三日と記載されていたが、原告らは右同日に静岡市土地開発公社職員と面談したことも、電話で話したこともないことは認めるが、右通知書及び買取り等申出証明書に、虚偽の事実が記載されていたとの主張は争う。

原告らに対する買取り等の申出の日は、原告らが証明書等交付通知書、買取り等申出証明書及び損失補償協議書を受領した昭和六一年八月一四日であり、また、原告らは、右各文書の受領により買取り等の申出が行われたことを認識していたものである。

(3) 静岡市土地開発公社が原告らに対し、昭和六一年八月一四日ころ、買取り等申出証明書や損失補償協議書等を送付したとしても、本件特例は、公共事業施行者の事業遂行を円滑かつ容易にするため、資産の早期譲渡に協力した者に対してのみ、その補償金に対する所得税について特別の優遇措置を講じ、もって公共事業用地の取得の円滑化を図る趣旨のものであり、また、原告らが右申出後六か月以内に売買契約を締結するか否かはあくまでも原告らの意志に委ねられているものであり、さらに、土地収用等に基因して土地等を譲渡した場合、譲渡者には、本件特例ではなく、「収用等に伴い代替資産を取得した場合の課税の特例」(措置法三三条)を選択することもできることから、売主に対して右申出後六か月以内の売買を強要するものではない。

むしろ、原告らは、自らの意志により、用地買収交渉を拒絶し、早期譲渡に応じることなく、収用裁決に基づく本件土地譲渡後に「収用等に伴い代替資産を取得した場合の課税の特例」(措置法三三条)を適用して確定申告していたものである。

(4) 用地買収にあたった静岡市土地開発公社ないし建設省の職員は原告らとの間で、一〇数回にわたり協議を重ねてきているものであり、その対応が不当であるとは到底いえない。

むしろ、原告甲は同人宅への担当職員の訪問の申出を断っていたこと、同原告及び丙の昭和六二年二月一二日A農協における言動などを併せ考慮すれば、原告らは、公共事業施行者の用地買収の状況、用地協議の内容等を知った上で、より有利な買収条件を引き出すために、第二工区地権者会を結成した上で、強硬に用地協議を拒否していたことが窺われる。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  原告らの主張(1)(憲法一四条一項違反)について

(一) 憲法一四条一項の規定は、国民に対して合理的理由のない差別をすることを禁止したものであって、国民各自の事実上の差異に相応して法的取扱いを区別することは、その区別が合理性を有する限り何ら右規定に違反するものではない(最高裁昭和二五年(あ)第二九二号同年一〇月一一日大法廷判決・刑集四巻一〇号二〇三七頁、同昭和三七年(オ)第一四七二号同三九年五月二七日大法廷判決・民集一八巻四号六七六頁等参照)。

ところで、租税は、今日では、国家の財政需要を充足するという本来の機能に加え、所得の再配分、資源の適正配分、景気の調整等の諸機能をも有しており、国民の租税負担を定めるについて、財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく、課税要件や特別控除の要件等を定めるについて、極めて専門技術的な判断を必要とする。したがって、租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるほかはなく、裁判所は、基本的にその裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきである。そうであるとすれば、租税法の分野における特別控除の取扱いの区別は、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様が右の目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することができず、これを憲法一四条一項の規定に違反するものということはできないものと解されるのが相当である(最高裁昭和五五年(行ツ)第一五号昭和六〇年三月二七日大法廷判決・民集三九巻二号二四七頁参照)。

(二) この点、措置法三三条の四第三項一号は、公共事業施行者の申出に応じて資産の早期譲渡に協力した者に対してのみ、その補償金に対する所得税について特別の優遇措置を講じることとして、公共事業の円滑な施行を図ることを目的とするものと解されるが、その立法目的が正当なものであることは明らかである。

そして、措置法三三条の四第三項一号は、公共事業施行者から当該資産につき最初に買取り等の申出のあった日から六か月を経過した日までに当該資産が譲渡されない場合には本件特例は適用されないものと規定しているところ、右区別の基準は、客観的かつ明確なものであるのみならず、主観的に、資産の早期譲渡に協力的であるか否かはさておき、現実に、資産の早期譲渡に協力するのでなければ、公共事業の円滑な施行を図ることはできないのであるから、公共事業施行者から当該資産につき最初に買取り等の申出のあった日から六か月を経過した日までに当該資産が譲渡された場合に本件特例の適用を限定する区別の態様については、立法目的との関連で合理的かつ相当なものというべきである。

なお、実際には、公共事業施行者は地権者に対し、真に買取り等の申出をした日に、買取り等申出証明書を交付するものではなく、地権者と売買契約が締結された後に、右地権者に対し、その時点から遡って六か月以内の適当な日を買取り等の申出の日として記入した買取り等申出証明書を交付していたとしても、右運用については、本件特例をより広く適用することによって、公共事業のより円滑な施行を図ることを目的とするものであるから、措置法三三条の四第三項一号の規定通りに運用されていないことをもって、直ちに、右区別の態様が、右目的を達成する手段としての合理性を欠くものと断ずることはできない。

そうであれば、措置法三三条の四第三項一号は、憲法一四条一項に違反するものではないというべきである。

2  原告らの主張(2)(憲法二九条一、三項違反)について

(一) 譲渡所得とは、資産の譲渡による所得をいうものと規定されているところ(所得税法三三条一項)、その本質は、いわゆるキャピタル・ゲイン、すなわち所有資産の価値の増加益であって、損害の回復である損害賠償金とは本質を異にし、譲渡所得に対する課税は、資産の値上がりによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税しようとするものであると解される(最高裁昭和四一年(行ツ)第一〇二号昭和四七年一二月二六日第三小法廷判決・民集二六巻一〇号二〇八三頁、最高裁昭和四一年(行ツ)第八号昭和四三年一〇月三一日第一小法廷判決・裁判集民事九二号七九七頁参照)。

そのため、譲渡所得課税の基因となる資産の譲渡については、売買に限らず相続、贈与、交換、代物弁済、現物出資、収用、換地等およそ資産が所有者の手許を離れて他の者に移転する全ての場合を含み、ただ、相続や個人の個人に対する贈与については、相続人又は受贈者がその資産を引き続き所有しているものとして、相続人又は受贈者が将来、その資産を譲渡したときに譲渡所得課税を行うこととして、相続又は贈与の際には譲渡所得課税を行わないこととしているものと解される。

また、所得税法九条一項は、その一号ないし一七号において非課税所得を限定列挙しているところ、収用に起因する土地等の対価補償金を非課税とする規定は存在しない。

したがって、土地収用法等に基づいて土地等が収用された場合についても、本来的には、譲渡所得が実現したものとして、譲渡所得課税が行われるべきものであるにもかかわらず、本件特例は、公共事業の円滑な施行を図ることを目的として、公共事業施行者から当該資産につき最初に買取り等の申出のあった日から六か月を経過した日までに当該資産が譲渡された場合に限って、いわば特典として、特別控除を認めているものというべきである。そのため、土地収用等による譲渡所得につき、本件特例を適用してもなおかつ負担することとなる所得税又は本件特例の要件に該当しないために負担することとなる所得税については、そもそも損失補償の対象となる損失には当たらないものと解されるところである(東京高判昭和六一年七月一六日行裁集三七巻七・八号九四六頁、東京地判昭和五八年三月二八日行裁集三四巻三号五四三頁参照)。

(二) さらに、公共事業施行者による買収価格が正当な補償を下回るものであると考えた場合には、土地収用法一三三条に基づいて、正当な損失補償額との差異の支払を求めることができるものである。

(三) そうであれば、措置法三三条の四第三項一号は、買収価格が正当な補償を下回るものであったとしても、土地所有者に対し、六か月以内に売買に応じなければ売主に特別控除という経済的に重大な利益を得られないとの恐怖心を与えるものであるということはできず、また、土地所有者に対して、価額交渉の継続を制約し、正当な補償を求める権利を放棄させ、低い価額での売買を余儀なくさせるものであるということはできず、したがって、措置法三三条の四第三項一号は、憲法二九条一、三項に違反するものではないというべきである。

3  原告らの主張(3)(憲法三〇条、八四条違反)について

憲法三〇条、八四条の規定する租税法律主義は、行政権による恣意的な課税から国民を保護し、恣意的な課税を防止するための原則であり、課税要件のみならず租税の優遇措置を定める場合においても、これが法律により定められており、かつ、その定めが明確であることを要するところ、措置法三三条の四第三項一号は、本件特例適用の要件として、個人の有する資産等の譲渡につき、公共事業施行者から最初に買取り等の申出のあった日から六か月を経過した日までになされることを規定しているものであり、その要件が法律により定められており、一義的に明確であることは明らかであるから、憲法三〇条、八四条に反するものでない。

なお、原告らは、課税する主体と公共事業施行者が同一の場合には、本件特例の適用につき、買取り等の申出の時期を恣意的に行うことによって、課税する主体による恣意的な扱いを許すことになるから、実質的に、租税法律主義を定めた憲法三〇条、八四条に違反し、無効であると主張するが、右主張は、本件特例適用の要件が法律により定められていないか、または、その定めが不明確であることを指摘するものではなく、専ら、公共事業施行者の買取り等申出証明書が売買契約締結後に交付されているのが運用の実態であるにもかかわらず、原告らについてのみ不当に差別的な取扱いをされたという運用を論難するに過ぎないものであるから、憲法三〇条、八四条違反の主張としては失当というほかはない。

4  原告らの主張(4)(憲法一四条一項、二九条三項の適用違憲)について

仮に、原告らの主張のとおり、買取り等申出証明書は、最初の買取り等の申出の日ではなく、売買契約締結後に交付されているのが運用の実態であったとしても、課税主体が租税法の規定の適用を誤った結果本件特例の適用が認められている場合において、当該課税主体が適正な適用によって本件特例の適用を認めないことは、何ら課徴税平等の原則に反するものではなく、許されないものと解することはできない(最高裁昭和五〇年(行ツ)第三七号昭和五三年七月一八日第三小法廷判決・訟務月報二四巻一二号二六九六頁参照)。

そして、前記争いのない事実等7のとおり、静岡市土地開発公社は原告らに対し、昭和六一年八月一四日、本件土地について買取り等の申出をなしたものというべきである。

そうであれば、原告らの主張については失当というほかはなく、採用することはできない。

二  争点2について

原告らは、東京高判平成二年七月三〇日税務訴訟資料一八〇号四三五頁(原審東京地判平成二年三月一六日税務訴訟資料一七五号一二〇四頁)を引用して、公共事業施行者のした買取り等の申出の内容が、買収交渉にあたって考慮すべき一般的基準を甚だしく逸脱し、他の買収予定地の所有者に対する提示額に照らして極めて均衡を欠くなど著しく不当であることが客観的に明白であり、また、その後の買収交渉においても恣意に基づいた不誠実な態度に終始するなどしたため、当該土地所有者に対し、買取り等の申出を受けた日から六か月を経過する日までに本件土地を譲渡することを強いることが、本件特例の立法趣旨に照らし明らかに不当と認められる特段の事情がある場合には、当該買取り等の申出は、例外的に措置法三三条の四第三項一号の規定する買取り等の申出にはあたらないと解されるところ、原告らについては右特段の事情が存在する旨を主張するので、この点について検討する。

1  この点、前記判断のとおり、土地収用法等に基づいて土地等が収用された場合についても、本来的には、譲渡所得が実現したものとして、譲渡所得課税が行われるべきものと解されるところであり、土地収用法による損失補償金又は用地買収における売買代金については税法上非課税とされている損害賠償金に他ならないということはできないことから、そもそも措置法三三条の四第三項一号の解釈にあたっては、非課税措置を緩やかに認める方向に広く解釈することが相当であるということはできない。

2  原告らの主張(1)について

(一) 前記争いのない事実等6、7、11のとおり、原告らは静岡市土地開発公社に対し、昭和六一年七月二四日ころ、本件土地について一坪当たり五五万円(一平方メートルあたり約一六万六六六七円)で買い取ることを主張していたところ、静岡市土地開発公社の本件土地の買取り等の申出に係る買取価格は、公共事業損失補償基準等によって評価された四三九六万一九一八円(地積六九〇・一四平方メートル、原告らの持分各二分の一)(一平方メートルあたり六万三七〇〇円)であり、これに対し、原告らは同公社に対し、昭和六二年二月一二日ころ、本件土地について一坪当たり三五万円(一平方メートルあたり一〇万六〇六一円)で買い取ることを主張していた。

(二) また、前記争いのない事実等12、13のとおり、静岡国道工事事務所は平成三年二月一九日付けの「損失補償協議書」により、原告らに対し、土地収用法による収用等以外の方法による土地等取得等のための最終補償額は七〇三九万四二八〇円(一平方メートルあたり一〇万二〇〇〇円)であると提示して、任意に売渡しに応じるよう要請したが、原告らの同意を得ることができなかったため、同年三月一一日、静岡県収用委員会に対し、収用裁決を申請したところ、同委員会は平成三年一二月二一日付収用裁決により、本件土地に対する損失補償金額は加算額を含め七二七九万三七五九円(一平方メートルあたり約一〇万五四七七円)が相当であると判断し、本件土地については平成四年二月二九日静岡国道工事事務所に収用されている。

(三) そして、証拠(甲六二、七八、乙一七の1ないし3、一八の1の1、2、一八の2ないし9、一九)及び弁論の全趣旨によれば、原告甲は、静岡県収用委員会においては、平成二年一一月六日(土地収用法に基づく手続開始の告示日)の時点の本件土地の評価額は一平方メートルあたり三四万四〇一八円とすべきであると主張していたこと、昭和六一年当時の土地評価資料については、保存期間満了により廃棄されているが、右収用委員会において建設省が徴した株式会社Bによる不動産鑑定評価書によれば、千代田地区の標準値評価格は、平成二年一一月当時一〇万二〇〇〇円と評価されているが、右価格を時点修正すれば、昭和六一年四月当時は六万五八〇〇円であったものと推認されること、静岡県収用委員会が徴したCによる不動産鑑定書及び株式会社Dによる不動産鑑定書によれば、千代田地区の標準値評価格は、平成二年一一月当時一〇万三〇〇〇円及び一〇万四〇〇〇円とそれぞれ評価されているが、右価格を時点修正すれば、昭和六一年四月当時はそれぞれ六万六二〇〇円及び七万〇一〇〇円であったものと推認されること、本件土地を含む千代田地区の六九件(四万二三〇〇平方メートル)のうち二一件(一万一〇五〇平方メートル)については任意売却が成立していること、以上の事実が認められる。

(四) 右の各事実によれば、本件土地の買取り等の申出価額は客観的かつ正常な市場価格の範囲内というべきであり、何ら、買収交渉にあたって考慮すべき一般的基準を甚だしく逸脱していたり、他の買収予定地の所有者に対する提示額に照らして極めて均衡を欠くなど著しく不当であったとは到底認められない。

(五) ところで、原告らは、清水市大内地区における同一事業の先行買収事例や各地の類似の用地買収事例を引用して、原告らの主張(1)のとおり主張している。

しかしながら、清水市大内地区における同一事業の先行買収事例や各地の類似の用地買収事例が、本件土地とその価格要因(一般的要因、地域的要因、個別的要因)を異にし、本件土地における買収の状況が別異であることは明らかである。

そして、証拠(乙一八の3)によれば、指数とは、一定の取得予定区間において多数の土地所有者等関係人が存する場合に土地価格協議を公正に行うため用いる指標数値のことであり、指数協議においては、各土地の格差を地元の事情に精通した土地所有者等の代表者に客観的かつ公正な視点で比較・判断してもらうため、便宜的に協議区画内に代表的な画地を選定し、その上で算定された各土地の評価格が代表画地の評価格を一〇〇点とした場合に何点になるかを示し、協議するものであることが認められるところ、協議区間が異なる以上、それぞれの代表画地の評価格がそもそも異なるのであるから、各土地の指数も当然それに対応した数値を示すだけのことであって、それは協議区画内に限り有効な対応関係を有するものというべきである。そうであれば、協議区間を別異にする清水市大内地区等と比較して、本件土地の買取り等申出の提示額が極めて低額であるとの原告らの主張は失当というほかはない。

また、原告らは、その主張において、静岡市側が「行政的規制を考慮しないで評価することはできない。理由は土地評価の基準をくずすものであるからである」と回答したと自認しているものであり、原告らの主張をもってしても、静岡市側は千代田地区の土地評価の理由を述べているものというべきであるから、静岡市側が評価の理由について一切明らかにしなかったという原告らの主張も失当というほかはない。

3  原告らの主張(2)について

(一) まず、静岡市土地開発公社が原告らに対して送付した証明書等交付通知書に「本年六月三〇日の地権者説明会において単価等用地買収についての説明をし、用地の売買契約についてお願いしてまいりました。」と記載されていた点については、証拠(甲一)によれば、右説明会は同日開催されていたにもかかわらず、原告らは静岡市に対し、自らの要求事項が受け容れられない限り損失補償協議への不参加を通知していたことから(前記争いのない事実等4参照)、右説明会にも参加しなかったに過ぎないものと認められるから、右記載については、何ら虚偽の事実であるということはできない。

(二) 次に、買取り等申出証明書には本件土地の買取り等の申出年月日として昭和六一年八月一三日と記載されていた点については、前記争いのない事実等7のとおり、静岡市土地開発公社は原告らに対し、昭和六一年八月一三日付けで証明書等交付通知書及び買取り等申出証明書を送付し、原告らは同月一四日受領したものであるところ、公共事業施行者の買取り等の申出については法律上何ら方式が規定されているわけではなく、かえって、公共事業施行者から交付を受けた買取り等の申出があったことを証する書類その他の書類を添付することが原則的に必要とされていることに照らすと(措置法三三条の四第四項)、右申出に際して、公共事業施行者が地権者と面談等をすることは必要とされているものではないと解されるから、原告らが右同日に右公社職員と面談したことも、電話で話したこともないとしても(当事者間に争いがない)、右記載については、何ら虚偽の事実であるということはできない。

そして、右公社としては、各地権者に到達する具体的な年月日を予め知ることは困難であるため、右公社が証明書等交付通知書及び買取り等申出証明書を送付した日を統一的に買取り等の申出年月日として買取り等申出証明書に記入することについては、やむを得ないことというべきであるから、前記のとおり、原告らについて、現実には昭和六一年八月一四日に買取り等申出証明書が到達したために、真実の買取り等申出年月日が昭和六一年八月一四日というべきであったとしても、この点をもって、買取り等申出証明書に虚偽の事実が記載されているなどと評価することはできない。

4  原告らの主張(3)(4)について

(一) 前記判断のとおり、仮に、原告らの主張のとおり、買取り等申出証明書は、最初の買取り等の申出の日ではなく、売買契約締結後に交付されているのが運用の実態であったとしても、課税主体が租税法の規定の適用を誤った結果本件特例の適用が認められている場合において、当該課税主体が適正な適用によって本件特例の適用を認めないことは、何ら課徴税平等の原則に違反するものではなく、許されないものと解することはできない。

(二) この点、前記争いのない事実等3ないし6のとおり、静岡市土地開発公社、建設省の職員らは、原告らを含む千代田地区の地権者に対し、昭和五九年一二月以降多数回にわたり損失補償協議へ参加するよう交渉・説得を重ねてきたものの、原告甲が静清バイパス第二工区地権者会の代表役員の一人となるとともに、原告らは千代田地区の地権者との単独交渉を望み、市街化区域、市街化調整区域、農業振興地域間で同等の補償をすることが認められない限り一切の交渉を中止する旨の主張に固執し、千代田地区の地権者らの損失補償協議への参加を拒否するとともに、同人宅への担当職員による訪問の申出をも断っていたものであることに照らすと、原告らは、昭和六一年八月一四日の買取り等の申出まで、より有利な買収条件を引き出すために用地協議を強く拒否していたものというべきである。

(三) また、前記争いのない事実等8ないし11のとおり、静岡市土地開発公社は原告ら宅を訪問し、応対に出た原告甲に対し、昭和六一年八月二二日ころ、買取り等の申出に応じるよう説得したが、同原告はこれに応じず、また、第二工区地権者会は同会の主張が受け入れられないまま、買取り等申出証明書が送付されたことに抗議し、右公社が昭和六二年一月一四日から二月一二日まで静岡市千代田農業協同組合本所において、千代田地区の用地買収の契約受付を行うとともに、各地権者との個別交渉を引き続き行ったが、第二工区地権者会の役員らは、右本所に待機し、契約に応じようとした地権者につき、契約に応じないように説得するなどし、さらに、原告甲と丙は昭和六二年二月一二日、右本所に契約の様子を見に行き、丙が「今日なら坪三五万円」「明日から五五万円」などと申し向けたことに照らすと、原告らは、昭和六一年八月一四日の買取り等の申出以降も、より有利な買収条件を引き出すための手段を尽くしていたものというべきである。なお、原告らは、静岡市土地開発公社は原告乙に対しては、形式的な交渉すら行わなかった旨主張するが、前記争いのない事実等8、10のとおり、右公社が原告ら宅を訪問した際に応対したのが原告甲であったというに過ぎず、しかも、前記争いのない事実等1のとおり、原告乙と原告甲は親子関係にあることに照らすと、原告甲に対する右交渉については原告乙に対する交渉と同一視することができるから、右公社が原告乙に対して形式的な交渉すら行わなかったものと評価することはできない。

他方、前記のとおり、静岡市土地開発公社が千代田地区の地権者らとの個別交渉を引き続き行った結果、前記争いのない事実等11のとおり、千代田地区における昭和六二年二月一二日の時点で、六九件(四万二三〇〇平方メートル)のうち、二一件(一万一〇五〇平方メートル)が任意売却に応じることとなった。

(四) そして、前記判断のとおり、土地収用等による譲渡所得につき、本件特例を適用してもなおかつ負担することとなる所得税又は本件特例の要件に該当しないために負担することとなる所得税については、そもそも損失補償の対象となる損失には当たらないものと解され、また、本件特例の適用が否定されるとしても、「収用等に伴い代替資産を取得した場合の課税の特例」(措置法三三条)を選択することが可能であり、さらに、証拠(甲一一ないし一四)によれば、現実にも、原告らは収用裁決に基づく本件土地譲渡後に「収用等に伴い代替資産を取得した場合の課税の特例」を適用して確定申告をしていたものと認められることに照らすと、静岡市土地開発公社の原告らに対する本件土地に係る買取り等の申出が、原告らに対して右申出後六か月以内の売買を強要するものであるということはできない。

(五) そうであれば、原告らの対応等にかんがみて、静岡市土地開発公社及び建設省の職員らの原告らに対する対応等については、客観的にみて原告らの気持ちを逆撫でし一般的な取引方法から著しく逸脱しており、強要に該当するものとはいえず、また、恣意に基づいた不誠実な態度に終始していたものということもいえない。

5  よって、原告らの主張については、いずれも採用することができない。

三  結論

以上によれば、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 笹村將文 裁判官 絹川泰毅 裁判官 関根規夫)

(別紙)

物件目録

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